バリ島のニート生活で学んだ感謝の気持ちを思い出してみた。

バリ島時代の日記読み返してみるといろいろ考えることがありました。会社を解散してニート状態で1年間過ごしたときの生々しい心境が綴ってあるのですが、今の多忙な日常からは想像できないような対極にある生活をしていました。

これ、自分で言うものなんですが「底辺までダレ切った人間を社会復帰させる」という臨床心理学の課題に対するサンプル事例として今の自分は役立てる気がします。幸いなことに精神疾患や不適応行動を引き起こすこともなく以下のようなありがたい教訓を得ることができました。

  1. 人間は極端な環境の変化に順応できるほど強い生き物である。
  2. 人間はその場に居るときはありがたさが理解できない。
  3. 人間は心細いときほど人の優しさが身にしみる。

まず生活のランニングコストを抑えるためにインドビジョンを解約しただけなのに、これをもって自分が隠遁生活に入ったと自虐的に「賞賛」しています。日記の日付は2007年5月6日、今から7年前のものです。

  • インドビジョンを解約して2ヶ月ほど過ぎた。ここ最近はすっかり慣れてしまい、見たい番組に行動を束縛されない自由な生活(おおげさ)に快感すら感じるようになった。今になって考えるとインドネシアに居ながら自分がどれだけテレビに束縛された生活を送っていたかよく分かる。テレビと無縁の隠遁生活、抑圧されていた自分の感性を解き放ち、時間の観念すら意味をもたない自然に身を委ねたフリーライフ、嗚呼、すばらしい隠遁生活・・・・・・・・・・・・・・・・・・このへんでやめとこう。

世間から隔絶されたという被害妄想を綴っています。これでよく生活できていたものだと今更ながら感心しますが、人間一人では生きて行けないという言葉が身にしみて理解できました。

  • バリ島の片田舎には今日が何曜日かさえ分からないアホが一名いる。朝から庭の芝を刈り、全身ずぶ濡れで犬の体を洗いながら「今日もいいことあるといいな」などとのんきなことを考えているアホが一名いる。仏教観ではあらゆるものがなんらかの関連を持ちつながりを保ちながら世界が形成されているらしいが、かつて僕と同世代のビジネスマンとの間に繋がっていた「経済活動」という鎖がさび付いて切れかかっているようで、ふとしたときに嫌な不安感がよぎることがあった。

仕事をくれるお客様への感謝の気持ち、社会生活を送る上で大切なことにもかかわらず、つい見失いがちになることだと思います。どんな時でも「ありがたい・ありがたい」と感謝の気持ちを唱えることで心身ともに平穏でいられると、昔タケノコ先生に教わったような記憶があります。

  • ありがたいことにそんな僕を頼りにして日本からやって来て仕事をくれる(本当はやっちゃいけないんだけど・・・)お客さんがいまだに居るのはもう奇跡というか神様の慈悲かもしれない。ありがたすぎて涙が出そうなくらいで、そんなお客さんのためには商売抜きでもなにか力になりたいし、お客さんが振ってくる話題にはできるだけついていって、できることならお役に立てる情報を返したい。

人間誰しも不安でさびしいときは、ささいなことに感動します。ただここまでしおらしく書いているにもかかわらず、今ではすっかり謙遜の気持ちも忘れてついつい傲慢になりがちです。

  • バリ島の会社を解散して商売から離れて家事や庭仕事の比重が大きい生活をするようになって、これまであまり気にもとめなかったことにオーバーに感動するようになった。死にかけの植木が元気になったとか、ヤモリの卵を見つけたとか、そういう身の回りの小さな出来事に関してもそうだが、仕事を離れてもいまだに自分を頼りにしてくれている人が存在することへのありがたさに気づいたのはここ最近のことである。素直に感動してありがたいと思えること、たぶん他の誰でも意識せず普通にできていることの重要さに少しは気づいたことは隠遁生活をはじめてからの収穫である。

今となってはこんな生活をしていたという事実が奇跡のようにも思えますし、その一方で明日にでも今の生活を根底からぶっ壊して新たな変化を求めるために行動を起こす、というマグマが自分の奥底にグツグツ煮えたぎっている事実です。

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