インドネシアの格差社会と資本論

本記事のポイント

会社の利益は基本は資本家(投資家)のものであり、投資家に還元されない分は、再投資にまわされるか、労働者の待遇アップに使われることで世の中に還元されていきます。

インドネシアの格差社会

Plaza Indonesiaのカフェで嫁を待ちながらブログ書くのが日曜の定例行事になりつつありますが、モールの難点はビールが飲みづらいこと。

Plaza Indonesia酒の強い人は平気でしょうが僕はコップ一杯で赤くなるので、酔っぱらいと思われるのがカッコ悪いし、そもそもキンキンにエアコンの効いた屋内でのビールって真夏のおでん並に至福度が半減します。

最近打ち止め気味ではあるとはいえ、ジャカルタには雨後の竹の子のようにモールが立ちまくり、週末の人の流れも随分分散化された感もありますが、未だにこのPlaza Indonesiaを含めてPlaza SenayanとPacific Placeの三つがジャカルタの3大高級モールの地位を確保しています。

いつもは賑やかなモール内も、昨日のサッカーのサポーターによる車破壊騒ぎの影響か、今夜の大統領杯決勝で大騒ぎになることを予測してか、いつもより閑散としています。ちょうど今スナヤンで試合やってますけど、暴徒化したサポーターが観客席で暴れてる映像がテレビで流れています。

その一方で今ここでベビーシッターを従えて家族連れでBakerzinで食事しているような富裕層臭の強い人達からすると下界の喧騒程度のもんです。やはりインドネシアは格差社会だなあ、とつくづく思います。

近年日本で格差社会と言われるとき、年収格差とか年金の世代間格差とか、なんかジメジメした暗いイメージがありますが、インドネシアの格差社会は昔ながらの労働階級とブルジョアジー間の階級闘争色が強いです。

経済成長で中間層が厚くなっているとはいえ、今みたいに経済が停滞しはじめると、サッカーの試合とか役所によるカキリマ強制撤去とかにかこつけて過激な事件が起こります。景気が悪くなると過激な破壊活動が増えるのは歴史が証明していますから、怖い怖い。。。

インドネシアでは労働者の権利が手厚く保護されていると言われますが、ただ会社法や労働法に則して考えると、退職金の規定がちょっと法外ではあるものの、他国に比べて特別に労働者が過保護であるというものではないようです。発展途上国にはありがちですが、インドネシアの場合も企業はオーナー同族経営が多いため「会社の利益=収奪」のイメージが強く、シンプルに二元化しがちなのかもしれません。

会社の利益の世の中への流れ方

世の中に労働者と経営者と資本家が居るとすれば、一般論では庶民は労働者に該当します。会社の利益は基本は資本家(投資家)のものですが、状況に応じて以下の選択が行われます。

  1. 投資家に還元
  2. 再投資にまわす
  3. 労働者の待遇アップ
  4. 何もしない

景気がいいときはこの「溜め込んだ金分配しろ」的な理屈は通るんでしょうけど、今みたいに景気が悪くなって会社の資金繰りが苦しくなっても賃上げ要求一色、金がなければ会社の資本金を取り崩して賃上げしろ、とか意味不明の要求すら出てくる始末。ここでは複式簿記の理論は通用しません。

一方で教育水準が高い賢い労働者は、ビジネスを持っていたりアパート賃貸して賃金以外の収入を得ていることが多く、専業労働者が主流の日本人よりもファイナンシャルプランに関する意識は高い人が多いように感じます。

日本では労働者階級内での格差社会が問題になるということは、資本主義経済が進むほどより低いレベルでの中間所得層が拡大していき、より社会主義に近づくという矛盾が起こるのかもしれません。こう考えると何だかインドネシアのほうが不思議と健全な社会に見えないこともありません。

で、今日の大統領杯決勝Persib(バンドゥン)vs Sriwijaya FC(パレンバン)、Persibが勝ったみたいですけどスナヤン近辺大荒れの模様で、暴徒714人のうち逮捕者が数百人とのこと。表彰式にジョコウィ大統領が出席していましたので、日頃の鬱憤を大統領へ直訴、あてつけみたいなもんなんでしょうか。