インドネシアのカトリックとクリスチャン

本記事のポイント

インドネシアのキリスト教徒は一般的にカトリックとクリスチャンと分類されますが、クリスチャンとは正確にはKristen Protestanであり、プロテスタントの人は自分を「クリスチャンです」と言います。

16世紀以前から存在するのがカトリックに対して、ルターが宗教改革で偶像崇拝を禁止し、金を払えばすべて免罪されるという商業主義的な免罪符を廃止したことによって新しく出来たのがプロテスタントです。

旧約聖書とはイスラエルの民の歴史であり、ユダヤ人は新約聖書を受け入れておらず、神はイスラエル人を選び、彼らを用いて全人類を救おうとされました。

旧約と新約「約」とは神と人間との契約です。

カトリックとクリスチャンの違い

うちの嫁は本来カトリック(Katolik)ですが、最近偶像崇拝に疑問を感じだしてクリスチャン(Kristen)の教会を見学して、しまいには洗礼(baptis)まで受けてしまいました。

信仰ってそんなに気軽に変えてもいいのなんでしょうか?

僕と嫁さんが結婚した当時はバリバリのカトリックだったのですが、神父さんが書類を間違えて何故かクリスチャンで登録されているというインドネシアクオリティーです。

インドネシアのキリスト教徒は一般的にカトリックとクリスチャンと分類されますが、クリスチャンとは正確にはKristen Protestanであり、プロテスタントの人は自分を「クリスチャンです」と言います。

カトリックの洗礼では水を浴びせるくらいの軽い儀式なんですが、クリスチャンの場合はプールで牧師に本格的に沈められます。

水に沈んで1回死んで、水から起き上がって生まれ変わる、という意味らしいのですが、洗礼が終わって迎えに行ったら

はじめまして、新しい私です

と握手を求めてきたのにはちょっと引きました。

ちなみに日本で一般的に聖職者のことをカトリックでは神父、クリスチャンでは牧師と呼ぶようですが、インドネシアではカトリックはRomo(ジャワ語)、クリスチャンはpendeta(オランダ語起源)またはgembala(呼称的に使う)、両方通用するのがpastor(英語起源)、ややこしいよ。。。

クリスチャンのミサは日本人的にはちょっとドン引きする

関係ないですが僕は幼稚園のクリスマス会で主役のヨセフ役に抜擢された演技派なのですが、練習が始まってから毎日のように周りのガキども(お前もな)からマリア役の女の子と「ヒューヒュー熱いよ、熱いよ」とからかわれるのが辛くて、もみの木役とかトナカイ役とかにしとけば良かったと後悔した苦い記憶があります。

僕も結婚するときの書類上は一応クリスチャンになっておりますが、先祖は浄土真宗東本願寺大谷派という仏教のお寺に眠っておりますので、神様が競合しないようにという理由で基本礼拝には付き合いませんが、一応インドネシアでカトリックとクリスチャンの日曜ミサには何度か参加したことがあります。

カトリックは有名なGereja Cathedral(「労働の価値」から)とか、サリナデパートの近くのGereja Theresiaとか、バリ島クタのSt.Fransiskus Xaveriusとか行きましたけどだいたいどこも同じです。

賛美歌を歌うコーラス隊の歌唱力は教会によって差があるとはいえ、基本厳粛な雰囲気の中で粛々と行われます。

一方でクリスチャンの礼拝は、歌あり踊りあり余興ありのノリノリのパーティー感覚で行われ、牧師の説教も初代林家三平の落語並に激しくキレキレです。

クリスチャンの場合、この説教の上手さが重要であり、カリスマ的な牧師が芸能人みたいに写真付きで紹介されるのは、イスラム教の説教に近いものあると思います。

余興と言ったら罰が当たりそうで怖いですが、このクリスチャンの礼拝の中では牧師による奇跡の実演があり、迷える子羊達を空気砲で吹き飛ばしたり、気絶させたり、泣かせたりします。

日本人的にはドン引きする内容です。たぶん信じている人には効果がある催眠の一種じゃないかしら。。。