行列待ちに割り込まれると何故傷つくのか?

本記事のポイント

マナー向上に伴いインドネシアでは行列の割り込みは随分減りましたが、自分が未だに行列待ちが嫌いな理由は割り込まれるのが怖いから、そして店員が割り込みを黙認したときの絶望感を味わうのが怖いからです。

行列割り込みが少なくなったインドネシア

インドネシア人は場所やイベント、人の名前までなんでもかんでも短縮形にしてしまうのですが、僕の生活圏内で身近なところではKota Kasablankaモールは「コカス」、Kuningan Cityモールは「クンチット」、そして誰もが知るMcDonald’sは「メクディ」になります。

McDonald’sの「メクディ」は秀逸だと思うのですが、今朝近所のメクディで朝のセット食べようと1分ほど並んでいたところ、バスケ部と思われる女子中学生の集団に横入りされ、心折れてJ.CO Donutsドーナッツに移動しました、弱い・・・。

ジャカルタの公衆マナーも向上しているので、行列割り込みも大分減ったように感じられますが、それでもレストラン、カフェ、モールのレジ等で月1~2回は割り込みを食らいます。

行列に割り込まれて傷つく理由

僕は行列待ちが嫌いで、昼飯時にうまい店に並んで入るより、まずくはないけどまあまあの店でゆっくり食べたい派なんですが、考えてみると日本に居た頃はラーメン二郎に30分とか普通に並んでいた訳だし、行列待ちが苦手になったのはインドネシアに来てからです。

そして何で行列待ちが嫌いになったかというと割り込まれるのが怖いから。さらに言うと店員が割り込みを黙認したときの絶望感を味わうのが怖いからです。

僕は特段プライドが高い人間でもなく、どっちかというと最悪の状況を想定して生きているところがあるにもかかわらず、横入り食らってしかもそれが黙認されると結構傷つきます。

学生時代のインド旅行中にチケット売り場に人が殺到して、秩序も何もない押しの強いもの勝ちという状況に置かれたとき茫然自失したことがありますが、あれはもともと秩序自体がないところでの出来事なので、傷つくもなにも単に競争に負けただけという感じでした。

それとは違って本来秩序のある場所でルール無視の人に得をさせる当事者になってしまうと、自分が馬鹿正直にルールを守っていることを相手からも店員からもダブルで馬鹿にされたような気分になる、だから傷つくんだろうと思います。

何年インドネシアに住んでいようとも、日本のような行列に並ぶことが当たり前の国で生まれ育ったためか、横入りされることへの耐性はいまだに培われません。

まあ最悪の状況を想定して生きているので、今日の夜飯のようにEs teh tawar(無糖のお茶)注文してEs teh manis(砂糖入りお茶)が出てきたとしても、今日は甘くてもいいや、とすぐに妥協できます。弱いなあ・・・。